雨が降ったら。
昼も近い二時限の途中、それは突然やってきた。
━━━━サァァァァ……
雨だ。
突如として始まった激しい雨音に、藍慈はノートと黒板を交互に見つめていた視線を窓の外に向けた。
教室内の数人も、何事か呟いたり舌打ちをしたり隣の席のクラスメートと囁きあっている。
傘を持っているとかいないとか、駅まで走ろうかとか話しているのだろう。
藍慈は再びノートに視線を戻しつつ、気を引かれ、少しだけ顔を上げ、そちらを見た。
彼は前髪を指先でかき上げつつ、僅かに舌打ちしていた。
少しだけ藍慈は雨に感謝しつつ、一瞬鞄に視線を向け、又教師の話に耳を傾け始めた。
━━━━でさぁ、…がァ
━━━━うん。じゃあ…駅まで迎えに来てね。
ざわざわと携帯電話を片手に生徒達が下校していく。
何人かは昇降口付近に立ち尽くし、携帯電話から聞こえる声と対話している。
藍慈は黄色地にカラフルなドット模様ののった傘を片手に昇降口の壁にもたれかかっていた。
片手に傘、薄ピンクのベロアに苺ジャム色のベルトのトートバッグを肩にかけ、
もう一方の手には鮮やかな青の折り畳み傘を持っている。
━━━━ん、だからさ、……
傘を持っていて、バスの待ち時間がさしてあるわけでもないのに昇降口に立ち尽くす
藍慈の耳に目的の人物の声が流れ込む。
顔を上げ、自分のクラスの靴箱の列を見る。
彼が友人と話しながら上履きを脱いでいた。
━━━━傘、忘れちゃってさ。
藍慈が見ているのを知るわけもない彼はにこやかに隣に立つ友人に屈託なく
スペアの傘を貸せとせがんでいる。
友人は苦笑して、スペアは置き傘だからダメだと形ばかりの断りを入れていた。
最終的には貸すつもりなのだ。
藍慈の顔に火が昇る。
紅潮している頬に、無意識に当てた指が冷たい。
余計なお節介がばれないうちに立ち去ろう、そう、藍慈が思った瞬間、
ふと━━━━彼が友人から視線をそらし、藍慈の方を向いた。
傘を二本もって自分の方を見ていた藍慈に、彼は察しのよい事に自体を理解したらしかった。
「傘やっぱいいわ。当てが出来た。んじゃ、又ライシュー」
彼は友人に手を振り、素早く外履きに履き替えた。
「あーいっ、何してるの?」
にこにこと彼は笑い、藍慈の前にたどり着く。
少し高いところから見下ろされ、お節介を見つかってしまった藍慈はピクピクと
小刻みに震えつつ顔中を真っ赤に染めた。
「何って……今から……帰ろうカナ……ッテ」
━━━━オモッテテェ、といつもの独特のイントネーションで続けつつ、藍慈は俯いた。
「藍、傘持ってるならさ、いれて?で、オレの家まで送ってくれるよね」
声を殺して口の中で笑いつつ、彼が藍慈の頭上で云う。
「え、……でも、傘もういっぽ」
「いれてくれるよね?帰りはオレが送るから」
有無を云わせない口調で彼は藍慈の言葉をさえぎった。
「うん。一緒に帰る」
態々送ってもらったり、急に家に行くのは良くないかな、と藍慈は一瞬思ったが
きっと云った所で彼は聞き入れないだろうから。
笑って傘を開く。
「帰ろう。バス待ちの列長そうだしさ」
彼はひょいっと傘の外に出そうな藍慈の鞄を奪って自分の鞄と一緒に小脇に抱える。
「アリガト……」
いつもよりずっと高い位置に傘を持ちつつ藍慈は歩き出した。
彼も合わせて歩き出す。
「藍、また雨降ったら傘入れてな」
彼が云って、藍慈はにこにこと笑って頷いた。
END
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